スポーツを「する人、観る人、支える人」のための、専門家によるオリジナルコラム。
東京オリンピックを見て感じた「スポーツと食」について、管理栄養士・公認スポーツ栄養士の中﨑衣美先生にお聞きしました。
公益財団法人 北陸体力化学研究所 中﨑衣美先生
略歴:平成18年4月~公益財団法人北陸体力化学研究所
資格:管理栄養士、公認スポーツ栄養士
専門分野:栄養・食生活支援
主な業務:特定保健指導、生活習慣病予防セミナー講演、アスリートの食事調査・栄養指導等栄養サポート、学徒・学生向けの食育講演
活動実績:石川県科学的トレーニング特別強化事業、ナショナルトレーニングセンター競技別強化拠点施設活用事業等での食事・栄養サポート
公認スポーツ栄養士の中﨑衣美です(生まれも育ちも金沢で、石川県内で活動しています)。2回目のコラムです。前回に続き、誠に僭越ながらスポーツと食について綴ってみたいと思います。
さて、東京2020オリンピックが終わりました。ハラハラドキドキ、様々なお立場でご覧になったことと思います。皆様は競技をご覧になるとき、どのようなことが気になりますか?私は、給水や補食のシーンがとても気になります。
オリンピック会場での給水
卓球では、ドリンクを手渡すサポート選手は、スポーツドリンクなど甘味のあるドリンク1本と水1本を両手に持ち、それを受け取った試合中の選手はそれらを交互に口に運んでいました。カフェラテらしきものを飲んでいた選手もいました。体操では、演技の合間におそらくアミノ酸を含んだエネルギーゼリーを摂っていました。ある競技では、ペットボトルひとつひとつに何かメモが貼ってあったように思いました。感染症予防対策として他の選手のドリンクと間違えないための印かもしれませんが、もしかしたら選手一人一人違うドリンクを飲んでいたかもしれません。
これらは何のために行われていたのか、私なりの推測はありますが、あくまでも推測なのでここでは述べないことにします。というのも、テレビには映っていない様々な事情があると、以前のオリンピックでの話を聞いて思ったからです。そのオリンピックでは、ある競技が初のメダルを獲得し、メディアからもとても注目されていました。補食が用意されるはずが、なにかの手違いで準備できていませんでした。帯同していた管理栄養士は、エネルギーを確保するために世界各国どこでも販売されている炭酸飲料の炭酸を抜いて用意しました。それを見たメディアは、炭酸飲料が強さの秘訣というような取り上げ方をしたそうです。管理栄養士が炭酸飲料を選んだのは、会場周辺で入手でき、エネルギー源である糖質が多く含まれていて、一般の店で購入しても衛生面での問題が少ないと考えられ、さらに世界中どこでも同じ味で選手も知っている味であったからで、トラブルに早急に対応した結果です。この件に関しては、帯同していた管理栄養士ご本人から話を聞く機会があり事情を知り得たわけですが、今回のオリンピックに関してもおそらくいろいろな事情が存在し、各現場でスタッフが専門知識を活かした対応をして選手を支えていたのではないかと思います。
選手村の食事環境
そして、試合中だけでなく選手村の中のことも気になります。実際、選手村に関する選手によるSNSの投稿は大きな反響を呼んでいました。餃子がとても美味しいという感想は複数の投稿があったことから、多くの選手に好評だったのだろうと思います。緊張やプレッシャーがかかっている状況の中、「美味しい」というのは、とてもホッとするのではないでしょうか。それが、アレルギーやドーピングなどにも配慮された安心できる食事であれば尚更です。また、試合前の眠れぬ夜に、深夜にも関わらず温かく迎えてくれたレストランスタッフに感謝しているといった投稿もありました。食事はスポーツのパフォーマンスにおける戦略でもありますが、やはりリラックスの場であることを改めて感じます。あれだけの選手がいれば、試合時の食に関するルーティンも多種多様です。そのため、24時間体制や、食習慣(ベジタリアンなど)や宗教上の制約といった多様性にも配慮した環境が用意されました。提供された食事や環境が選手を支えていたというのは、開催国として嬉しいものです。
【首相官邸会議資料】東京大会選手村におけるメニューの策定及び産地表示について ~選手村ダイニングにおける食の発信~
【日本栄養士会講演レポート】2020年に向けたアスリートへの食提供について
試合や遠征時の食環境整備
試合時、または事前合宿の食事については、オリンピックに限られることではなく、皆様工夫されていることと思います。試合会場で食べるお弁当の内容を考えたり、試合時間にあわせて食事時間を変更したり。試合や遠征・合宿時など、宿泊先へはどのようなアプローチをされていますか?国立スポーツ科学センターの栄養グループが作成したチェックリスト(一部加筆)の一部を紹介します。
事前の情報収集
□ 食事提供時間・・・試合スケジュールに合わせて食事時間を調整できるか
□ 食事形式・・・定食、ビュッフェ、その他
□ 食事内容の追加が可能か・・・不可の場合、足りないものを持ち込めるか
□ 簡単な調理が可能か・・・お湯が沸かせるか、電子レンジやキッチンがあるか
提供メニューのチェック項目
□ 生ものは提供されない
□ 体調を崩した場合のメニューを提供してくれる
□ ドーピング禁止物質による食品汚染リスクが低い
□ 十分な量のご飯、パン、麺類などの主食が提供される
□ 十分な量の肉、魚、卵、大豆製品などの主菜が提供される
□ 肉や魚は脂肪の多い部分や種類ばかりが提供されていない
□ 天ぷら、フライ、唐揚げなどの揚げ物メニューが続いて提供されていない
□ ドレッシングやマヨネーズが大量に使われていない
□ 十分な量の野菜、海藻、きのこなどの副菜が提供される
□ 十分な量の緑黄色野菜が提供される
□ 果物が提供される
□ ビタミンCを多く含む果物(柑橘類、キウイフルーツなど)が提供される
□ 牛乳または乳製品が提供されている
□ ごはんが食べやすい常備菜が提供される
今回のオリンピックでホストタウンとして海外選手団を受け入れた地域の宿泊施設は、上記のような調整をチームからお願いされた施設も多いのではないかと思います。国内の通常の合宿においても、対応していただけることはあります。ぜひ確認してみてください。宿泊施設の方もよかれと思って揚げ物を多くしていることはよくあります。ドレッシングはかけずに別付けで出してもらうようお願いするだけでも脂質コントロールがしやすくなります。食材の追加や量の増量などの対応が難しい場合は、下記のような食材を準備して持参してはいかがでしょうか。
リクエストが通らない場合に準備すると便利な食材
□ 主食・・・おにぎり、ロールパン、食パンなど
□ 主菜・・・納豆、豆腐、卵(ゆで卵、温泉卵)など
□ 副菜・・・カットわかめ、もずく酢、海苔、野菜ジュースなど
□ 果物・・・100%果汁ジュース
□ 牛乳・乳製品・・・牛乳(常温保存可能商品もあります)、ヨーグルト、チーズなど
□ ご飯のお供・・・ふりかけ、梅干し、味付け海苔、漬物、佃煮、キムチなど
□ ドレッシング・・・ノンオイルドレッシング、低カロリータイプマヨネーズ、ポン酢など
これらの対応は、その時の栄養管理だけでなく、選手への教育の一環にもなります。状況に応じてどう対応すればよいかをスタッフがしてくれた(または指示された)ことから学ぶことができます。その時の体験を活かして普段の生活にも取り入れていければ、自己管理能力向上につながります。食環境整備(できる範囲で)によって選手を支えていければと思います。